また会えるね。
2008年04月29日 建部 洋平
「転んだ拍子に足を悪くして、うまく動けないんだって。おじいちゃんもあまり動けないから、昨日家に行って、いろいろとやりやすいようにしてきたの。大変だったー。」
「そっか、大変だね。」
そして土曜日、
「足が悪くなったのは転んだからじゃなかったみたい。脳に腫瘍が見つかって、月曜に手術するの。どうなるかはちょっと分からないけど、とりあえず病院行ってくるね…。」
「そっか。」
でも、きっとまた会えるよな。
自分がよく覚えているのは小学生の夏休み。
毎年お盆はおじいちゃんの家で過ごすのが恒例だった。
僕はおじいちゃんが大好きで、泊まりに行くと必ずおじいちゃんの布団に潜り込み、毎晩戦争の話をしてもらっていた。
自分にとっては未知の世界。毎年、毎晩いっぱい話を聞かせてもらっていた。何回聞いても飽きることはなかった。
そしてもう一つの恒例が、おじいちゃんの家の近くの公園で行われる盆踊り。いっぱいの夜店が出て、本当に楽しみな行事だった。
従兄弟と子供たちだけで出かけたり、おじいちゃんたちと出かけたり。
その日はおじいちゃんたちと大勢で盆踊りに出かけていた。
人気者のおじいちゃんの両手はふさがっており、
「あーぁ、僕も手をつなぎたいな。」
なんて思っていた時に、ふと手が差し伸べられた。
おばあちゃんの手だ。
僕は決しておばあちゃんが嫌いなわけではなかったが、おじいちゃんと手をつなぎたかったため、しぶしぶ手をつないで歩いていたような気がする。子供ながらに気を使い、決して表情には出さないように。
あれから20年以上。昔は年に3回4回と行っていたあの場所にも、今では年に2回ぐらいかな。それでも毎年顔を見せるようにはしている。
あなたがいなくなっても、きっと僕の日常は変わらないだろう。
これからも、毎日笑って、怒って、普段と変わらない日々を過ごすのだろう。
でもな…。
なんか、本当は当たり前のことなんだけど、ふと永遠のもののように考えていた気がする。
あなたがそこいることも、
自分がここにいることも、
これからの日々が続くことも。
いっぱいおいしいご飯作ってくれたな。
いっぱい笑ってくれたな。
いっぱい褒めてくれたな。
すごく大切な存在だったな。
当たり前ではないたくさんのものをくれていた。
もっと、いっぱい感じて生きていかないといけないな、そう感じさせてくれた。
ありがとう、おばあちゃん。
今いる環境を、今いる人たちを、もっともっと感じて生きていきます。
今日母からメールが届いた。
「手術は成功したよ。意識もはっきりしていて話もできたよ。何より術後生きていて嬉しそうだった。」と。
今度の連休に会いにいくよ。また会えるね。
無趣味な一人もんの休日
2008年01月16日 建部 洋平
来月引越しをするので、その手続きで不動産会社に行ってきた。
「新居」ってすごい楽しみ。いろいろ買うものがあって金はかかるが、なんか新鮮な気分で1日1日が過ごせそうで。
そして、そのワクワクついでに、ホームセンターで低反発マットを買ってみた。完全に衝動買い。
でもいいねぇ低反発。最近ベッドのマットレスからバネのゴツゴツ感が顔を出していたので、ちょっと痛かった。でもこれでもう大丈夫。
そしてそして、たまには自炊しようとスーパーへ。無性に肉が食べたくなり、家でステーキを焼いてみた。結局自炊ってほどではなかったね。
その後はテレビを見たり、明日の田原校の授業の準備をしたりで一日が終わった。
なんかオレって…
無趣味。
ちょっと趣味を持とうという気が沸いてきた。最近は広田先生が誘ってくれてることもあるし、やってみようかな。
また、趣味を発見したら報告します!
無趣味な一人もんの休日でした。
ただただ…
2007年03月16日 建部 洋平
今日で終わった。3月から新年度はスタートしているが、本当の意味で今日で一年が終わったと思う。
箸本先生のブログを読んで、
望月先生のブログで感じ、
阿部先生のブログを見て、
岡崎先生のブログで考えて、
長神先生のブログで思った。
やっぱりみんなの気持ちは同じだと。
もう今の俺たちには祈ることしか出来ない。神さまだとかそんなの関係ない。何に対してでもないけど祈る。
受かっていると信じたい。
俺は毎日想像していた。
みんなの笑顔を。
歓喜の叫びを。
最高の握手を。
現実になるはずだ。今日も俺は想像している。しびれる合格発表の日を。
このためにやってきたんだから。このためについてきてくれた君たちに最高のプレゼントを下さい。
ただただ祈る。
ただただ願う。最高のフィナーレを。
握手
2007年02月14日 建部 洋平
岡崎先生のブログを読んで二日後にある手紙を読んだ。
ある生徒達からの手紙。毎年手紙をもらうことがあるのだが、なんかいろいろな思い出が自分の頭の中で駆け巡った。
俺は生徒と握手をする。単元テスト、学判で100点を取ったとき。定期テストで最高順位を取ったとき。内申点が大幅にアップしたとき。「頑張ったなぁ、こいつ。」そう思った時には、ありったけの「頑張ったね」の気持ちを込めて。
ホント生徒によっていろんな握手がある。照れ隠しなのかギャグなのか、それとも本当に嫌なのか
(笑)手を隠す生徒、恥かしそうに手を出してくる生徒、いい笑顔でがっちりとした握手をする生徒。正直ここはギャグってほしくないところなんだけどね。まぁなんにせよ頑張った子との握手はいいもんだ。
数年前の卒業生の卒業作文で握手について書いてあった。自分はただ自分の気持ちを握手に託していただけなんだけど、その卒業作文を読んでからますます「握手」に対しての思いが強くなった。その一瞬のことが生徒に力を与えているのだと知って。
塾講師になるまで、あんま握手なんてしてなかった気がする。
「おぅ、久しぶり!」
なんて外国人みたいに握手することもないし、
「はじめまして。」
でも今は握手しないでしょ?握手に対して特別価値なんて持ってなかった。でも今は違うな。超大切。
今では毎日3年生の合格発表の姿を想像してます。最高の握手が出来たらいいなーって。
「頑張れよ、みんな!!」
いやー、なんかそう言うしかねーな。ここまでくると。俺たちは最後の最後まで出来る限りのことはするからさ。残り1ヶ月走りきってほしいと心から願う。まだまだまだまだ伸びるから。
想像してみて、3月の自分の姿を。
笑顔の自分を。
歓喜の叫びを。
喜びの涙の握手を。
俺は想像してます。毎日毎日。楽しくなるっしょ?頑張れる力になるでしょ?
今度会った時には最高の握手をしよう。
1月9日
2007年01月10日 建部 洋平
今日はなんかたくさんあった気がする。
塾長のLife-sizeにもあったけど、本部でいっぱい塾長の話を聞いた。いっぱい教えてもらった。
今日、自分はなんの主張もできなかったけど、また塾長と飲みに行きたいって思った。もっと自分の考えを知ってもらいたいと思ったし、それが間違ってるのなら教えてほしいなぁなんて。
そして夕方からは田原校。
中3生はなんて思ったかな?今日の俺の話。
学判に向けての21項目。今、自分は田原校と二川校の校長をしている。どちらの校舎も21項目はやりまくっていた。自分が見た校舎の中ではぶっちぎりだったと思う。よーやっとった。
でも、結果が出なかった。学判の数学が悪すぎた。学判の採点を終えてからずーっと考えとった、なんでやと。
理由はいっぱいあった。でも、そんなん関係なしに、「お前らダメだ」と。
泣いていた子もいた。真剣な眼差しで俺の話を聞いていた子も。
いやー、応えんといかんと思ったよ。さらに燃えてきた。
みんなの表情にパワーもらったわ、ありがとな。
そして授業後に紅林先生と江尻先生との打ち合わせ。遅くなってごめんなさい。クレちゃん、明日は頑張ってきてね。
今日はなんかたくさんあった。
なんかお礼が言いたくて、久々にブログを書いてみました。
田原校3年生、いいよお前ら。負けんなよ!強く強く前へ。
キモい?
2006年12月14日 建部 洋平
最近よく生徒に笑われる。そして「キモい」と言われる。ちょっとヘコむ
なぜか?理由は髪型。
最近は時間が無いのと、面倒くさいのとで全く髪を切ってない。そのせいで髪はどんどん伸びていき、最近は風呂から出て、乾かすだけ。元々髪がペタンとなる生え方をしてるので、最近ずっとペッタンコ。
それを見てゲラゲラ笑う子、キモいを連発する子、前の髪型がよかったとアドバイスしてくる子、いろいろいる。みんなに説明するのは面倒くさいので「最近髪の毛がしょげてんだ。」で逃げてます。
塾の講師になってから髪を伸ばしたことはないから、みんなツンツン頭のイメージなんだろね。タテ『ベッカム』だしな。たまにはいいかなぁと思ってたんだけど、やめよっか
意外に中学生はうるさいのよね
今はなかなか切りに行く時間が無いけど、そのうち新たな髪形で登場するわ。
それまでキモい(?)俺を楽しんで下さい