親父が言った。
「今度、倉敷に帰ってきたら、テニスをやろう」
「いいよ、やろうか」
今年3月の親父からの誘いを思い出した僕は、8月帰省する際忘れないように前の日にテニスラケットを玄関先に出しておいた。
僕の嫁は、テニスバカ。
もともとはバスケをやっていて、よくあの身長でレギュラーだったなあと思う。(推定身長151cm。推定なのは、教えてくれないから)よって、運動神経は良い方である。
「あのさー、バスケは人数いないと無理じゃん。2人でできるスポーツをマスターしてよ」
「何よ」
「たとえば、テニスとか」
なんて会話があったと思うが、それから自分でテニススクールを熱心に探し始め、いそいそとテニススクールに通い始めた。
そして、2人にテニスの会話が生まれた。
「今日、ボレーの練習やったよ」
「オレ、ボレー苦手やー」
「○○コーチ(僕は全く知らない)は、教え方うまかったよ」
「ふーん」
知らないコーチの名前もいつしか覚えるくらい嫁はコーチやテニスの技術の話をしてくれ、どんどんテニスにはまっていった。気づいたらテニスバカ。そう呼んでも、嫁は少し恥ずかしそうに笑い楽しそうにテニスの話をするのだった。
「お父さん、うまいよね?」
帰省中の車の中で話しかけてくる。
「んー、40歳過ぎからやっているからね。年季はいりまくっているらー」
そんなこんなで倉敷に着き、2日目の晩。親父が晩御飯の最中に言う。
「明日、8時半からやろう。だから、8時過ぎには家を出よう」
ハチジハン!何をそんなに張り切っているんだと思わないでもなかったが、了解した。
うちの親父は確か64。練習ではしょっちゅう休む。すぐに木陰のベンチに行っては座って汗を拭く。
30分ほどしてまた言う。「試合をやろう。カヨちゃんとトオルの勝ったほうがワシとやろう」
ううむ、上目線ではないか。親父はいつの間にかシードらしいのだ。
僕は本気を出して嫁に勝った。
「それじゃ、決勝戦じゃな」
僕のサービスからだった。
最初はたかをくくっていたが、親父のボレーとフォアのスライスは思いのほかうまかった。
最初のゲームを簡単に落としてしまった。あらま。
次のゲームは接戦だった。僕のリターンは好調だった。これは取れまい、と思いつつ強烈なドライブをかけて親父のバックにストレート。けど、親父はやわらかく返してくる。次は取れまい、と同じところにもう一球。そんな白熱した攻防が続いた。でも、マッチポイントを握られてしまった。(3ゲーム制なのね)
でも、不思議と負けたくないと思わなかった。むしろ、負けてもいいかな、と。
親父と昔、キャッチボールしたときのことを思い出していた。
どんなに変な球を僕が放っても、取りに行ってくれた、小学生のころを。
そして、今またキャッチボールをしている。
もう少ししてもいいかな、と思った。
僕はマッチポイントを凌ぎ、1ゲーム返した。
ついでに3ゲーム目も取り、(サーブがよかった)何とか親父を下した。
親父は結構悔しそうだった。暑い、暑いと言いながら、僕のことは褒めてくれなかった。
その後、調子にのった僕は、手持ち無沙汰そうな嫁に試合を申し込み、なぜか、負ける。
帰りの車で親父が言う。
「もっと早くから始めておけば良かったけどなあ。お前も知ってるだろ。フットベースボールの監督やらやっていたから、テニスを始めるのが10年遅くなったんじゃ」
ぼくはなんだかおもしろくなって、ちょっと笑った。