無理の出来る喜び

2007年12月28日                  阿部 真一郎

つい、2週間前、胃腸炎になった。
たまらんね。
一日トイレ25回以上??
トイレで暮らしてたといっても過言ではない。
熱も出た。吐き気も辛かった。?????????`?i?????????j


会社に入って7年目。
今年で30歳。いや、18歳と149ヶ月。
もちろん、楽しいばっかじゃない。
辛い日だって、相当あった。run.bmp

でも、思った。
振られて辛い。怒られるから嫌だ。
勉強が大変。忙しすぎて倒れそう。

それは、みんな健康だからいえること。


健康って、素晴らしい。生きてるって素晴らしいことなんだ。
何より、今日まで生きてることに感謝しないといかんなぁって。


当たり前と思っていることに感謝だね。
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ラスト・デイズの思い出

2007年12月28日                  箸本‘husky’竜也

 僕は豊橋に来てから一年ほどの間、基本的に一日も欠かさず日記をつけていた。
 今でもゼロではないが、五日続けて書いたり一週間まるまる書かなかったり、日記と呼べるものではなくなっている。
 一年間日記をつけ続けたのは、それまでの二十四年で初めてのことだった。
 仕事から帰って、平均するとA4一枚くらい、カタカタと文章を打ち込んで、眠る。よくそんなことを一年も続けたものだと思う。
 もう二度とやらないかもしれないが、一生のうちで一年くらいはやってみてよかった気もする。

 日記の効用のひとつは、後になって読み返してみたときに、その頃の自分がどう生きようとしていたのか、何に生きようとしていたのかがわかることだ。

 久しぶりに、一年前の十二月の日記を読み返した。
 悲しい日記だった。

 別にしみじみするわけではない。
 帰りたいなんて思わない。どんな過去であれ。
 でも、ああ、そうなんだな、と思った。
 愚かだったけど、幼かったけど、二十四歳の男がどんなふうに生きようとしていたか。
 そういう全てが、馬鹿らしかったり、痛かったり。

 いつか、全てを笑えるようになるのだろうか。

 僕はさよならを言うのが苦手だ。
 それが、弱点なのだろう。

 終わったものが過去、終わりつつあるのが現在、これから終わるのが未来。

 全てはlast(最後)で、でも、全てはlast(続く)。

 ラスト・デイズの思い出。
 楽しいことを考えなくちゃいけない。
 新しいラスト・デイズを、割らないように、踏みしめるように、歩いてゆきます。
 そうでなくちゃならない。
 いつだって、「今日」で何かが終わるから。
「次」を願い、「次」を信じ、それでも、ひとつひとつはただの最後でしかないという事実を、僕は忘れたくないのです。
 向き合うべきものが目の前にある。
 本当だよ。それで僕は生きてゆけてる。
 だから。
 だから、いつか、別の世界で会いましょう。

 さよなら、ラスト・デイズの思い出。
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小さな休日

2007年12月22日                  高久 勝弘

休みはほとんど家にいない。予定があろうがなかろうが。
昔から同じ場所にずっといるのが苦手で、予定がない日はつい車に乗ってどっか行っちゃう。

delicoとかkemuriとかを爆音で聴きながらふらふらするのが好き。
近くの川に釣りに行ったり、
豊田市内を開発してみたり、
たまに三好のパステルまでプリン買いに行ったり。
「ココアを飲みながら仕事をしよう!」とか思って支部にいったこともあったかな。

別に遊びに行くとかじゃなくて、その日やりたいことをしにいっちゃう。
仕事したい気分だったら仕事するし、
ドライブしたいだけなら豊田市内をぐーるぐる。
そこで何か発見すると、無性に嬉しくなるんだよね。
新しい店でもいいし、
それが小さな季節だったり。

今日は良い休みだったなぁ・・・
この感覚がまた嬉しかったり。

そんで夜はおいしいもの食べて、
ぐっすり寝る。
この2つは大事だよね(笑)

大したことないことなんだけど、
これがシアワセって思える日々ってなんかイイ。
小さなシアワセを大事にしたい。
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2008年は

2007年12月14日                  長神 智康

毎年この時期になると、清水寺で「今年の漢字」が発表される。
毎年、世相をよく反映しているなあ、と感心する。たった漢字一文字なのに、その年あったことがいい意味でも悪い意味でも集約されている。

そこでいざ、「自分のこの1年を一文字で表そうとすると?」と考えるとなかなか難しい。

昨日、ちょっと考えてみて、1つに決めるのは無理だったけど、まあ一番大きかったのは、「迷」だった。

些細な迷いから人生の岐路?ともいうべき迷いまで。
なぜか、ふと、2008年を迎えてないうちから「来年の漢字」を決めて動こう、そんな風に思った。
振り返らずに、前だけを向いて。
2007から2008、「迷」から「進」へ。

開拓塾を、そして同志を支え、企業の発展に貢献したい。
posted by kaitaku at 00:49 | 愛知 ?? | Comment(0) | TrackBack(0) | 長神 智康

ラララ冬期講座

2007年12月13日                  箸本‘husky’竜也

 冬期講座が始まる。

 冬、というのは、歯医者、ゴキブリ、T字カミソリと並んで、僕の最大の弱点のひとつである。
 冬は、ぼんやりとした不安と、くすんだ過去ばかりを連れてくる。
 自分の魂がゆっくりと死んでゆくような気がする。

 後ろ向きになりそうなとき、僕が自分に言い聞かせるのは、楽しめよ、ってこと。
 青臭い言い方になるけど、十代の頃、つまらなそうに生きている大人が嫌いだった。お前らみたいになってたまるかと誓った。
 十代の頃に誓ったことは、何ひとつ忘れていない。
 楽しまないのは、罪なことだ。

 しっかりしろや俺。
 不安でも弱ってても引きずってても、何であれ、楽しめないということにはならない。
 それを証明するのはお前の義務だろ。

 三年前、二十二の男は、仕事を選ぶにあたって、自分が楽しめるかどうかということ以外に、ほとんど何の価値観も入れずに全てのことを決めた。
 阿呆だったんだろうな。
 でも、それでよかった。
 阿呆だけど、間違ってはいなかった。

 難しいよ。楽しむっていうのは難しい。
 でも、楽しんで。
 必死の中で、不安な中で。
 泣きそうだったり、折れそうだったり。
 ギリギリだって。限界だって。
 それでも、自分たちがマジだってことを。全力だってことを。
 楽しんでほしいと。

 それが、見たくてさ。
 僕は全力で楽しんでみせる。
 守り続けてきたんだもの、それは、曲げないよ。

 どうか、楽しんで。
 ラララって。
 ラララララって。
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思い出のメロディー

2007年12月07日                  加藤 健太

 
 うちの前には車の修理工場のガレージがある。

玄関から出ると、いつもそのガレージから音楽が聞こえてくる。
その曲がまた統一性が全くない。
ある日は90年代、ある日は最新のヒットチャートの曲。
 
 でもそこがいいんだよね。

 みんなにもきっとあると思う。「ある曲を聴くと思い出す記憶」みたいまもの。そのガレージは、まるで僕のことを知っているかのごとく、「僕の中の思い出のメロディー」を流してくれる。

 ある日うちを出るといつものように曲が流れている。
その曲は、僕が中学生の時に買った曲。

 tohkoの「Bad luck on love」

この曲を聴くと、初めて好きになった子のことを思い出す。
 あれはバレンタインデーの前日、漫画のような展開だけど、学校の体育館裏に呼び出された僕は、人生で初めて告白というものをうけた。
 その日うちに帰ると、僕はうれしさと興奮のあまり40度という人生の中でも記録的な高熱をたたき出し、さらにはインフルエンザにかかった…。
 そして次の日、そう、バレンタインデー。 
僕は学校を休み、当然その子からのチョコも結局もらえなかった。

 今では当然いい思い出。だけど、その曲を聴くたびに、少し恥ずかしいような照れるような気持ちになる。

 また次の日には別の曲、
 
 Going Steady 「銀河鉄道の夜」
 
高校時代、受験勉強してた自分を思い出した。


 みんなの中にも音楽を聴きながら勉強する子がいるだろう。
きっと何年かあと、その曲を聴くたびに、中学生だった自分を思い出すと思う。

「あんとき頑張ってたな〜。」「あんとき大変だったけど楽しかったな〜。」とか、何年かあとに言えたらいいよね。


 さあ、2007年もあと1ヶ月。
今みんなに流れてるメロディーがいつか「素敵な思い出のメロディー」になるように、頑張ろう、一緒にね。
posted by kaitaku at 01:03 | 愛知 ?? | Comment(1) | TrackBack(0) | 加藤 健太

セキサイリョウへの解答、星になる国語科

2007年12月04日                  箸本‘husky’竜也

 以前、ここに「セキサイリョウ」という文章を載せた。

 よく走ったな、この一ヶ月。自分で言っちゃダサいけど。

 ちょっと見えた。「その先」が。
 こんなもんか俺、とも思ったけど、どうせまた、今回の「その先」を破って、その先の先まで行っちゃうんだろう。さすが俺。

 三輪さん、ありがとう。
 たくさん、助けられました。
 三輪さんが「ハスキーさんはこういうことについてお礼を言ってるんだろうな」と想像する限度をたぶん遥かに超えて、僕は多くの場面であなたに助けてもらった。本当にありがとう。
 何だかんだで、いいコンビだと思うよ、俺たちは。
 また深夜にビートルズの「ハード・デイズ・ナイト」を歌いながら、頑張りましょう。

 ずっと前に、三輪さんが僕を心配してくれたとき、僕は「人はみな星になる。そのわけは、そのときわかる」とある歌を引用して、例によって意味不明にずるくかわそうとした。
 そのとき以来、合言葉になったね。
「俺はたぶん、まもなく星になるな」
「マジすかハスキーさん、じゃあ一緒になりましょう、星に」
 何だ俺たちは。阿呆か?いや、最高だ。

 たぶんこれからも、何度も何度も星になりそうになりながら、僕たちは「その先」を見続けるのでしょう。
 こんな大変な相棒だけど、三輪さん、付き合ってやってください。

 星になるにはまだ早い。
 でも、この一ヶ月、二人で美しい星をたくさん見たね。

 俺たちは国語科。
 満天の星を見続ける。
 いつか星になるその日まで。ルル〜。
posted by kaitaku at 15:40 | 愛知 ?? | Comment(2) | TrackBack(0) | 箸本‘husky’竜也